2003年11月18日

県立図書館へ

地下鉄箱崎宮前駅の近くにある、県立図書館に到着。荷物を正面玄関のロッカーに入れ、jornada548とストアウェイキーボードを持って館内に入る。今回は調べもののため、新聞の縮小版を見にきたのだが、それ以外にも、ちょっと確認したいことがあって、本館3階の郷土資料コーナーへ行く。流石にいろいろな資料がそろっている。ゼンリンの住宅地図が置いてあったので、以前からノーフォーク広場の記述がどうなっているかが気になっていたので見てみる。すると、やはりノーフォーク広場と和布刈観潮公園は別々に記載されており、やはりgooの地図と同じだった。gooの地図の元ネタが何なのかは分からないが、これで「間違いだらけの「ノーフォーク広場」」についての自分の結論にかなり確信を深めた。それと郷土史の棚で偶然に見つけた「門司・小倉の古城史」を見てみると、辻畑城の記述とともに、はじめて黒川城の存在を知った。黒川から平山へ向かう峠のあたりにあったそうで、著者の八木田謙氏が実地へ行き城跡を確認されたそうだ。メモを取り終えてから、1階に下りて玄関横の新聞閲覧室へ行く。残念ながら縮刷版は1990年代からしか置いてなかったが、古い新聞はマイクロフィルムで保管してあるそうなので、目的の年月日の新聞を焼いたフィルムを出してもらう。フィルムを見るためには、専用のリーダーがを使うが、まぁ手動でレバーを回しながら、フィルムの下からライトをあてて、拡大鏡(新聞一面を見る用と部分的に拡大して見る用の2つを手で交換する)で拡大された記事を画面から見るという、ちょっとレトロな代物である。結構フィルムのセッティングが面倒である。フィルム1本に半月分の新聞が焼かれていて、2本を続けて見たが、結構目も疲れるし、目的の紙面までフィルムを早送りする時に、画面を見てると目が回りそうで、長い時間みていると気分が悪くなりそうだ。1時間半ほど閲覧したが、結局目的の記事はみつからなかった。17時を過ぎたので、帰宅することにした。(※620LX日記より)
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2003年11月24日

約3ヶ月振りの門司、門司港、大里各地を撮影

@門司を作成していて、どうしても写真が足りない場所があるので、約3ヶ月振りに門司を訪れた。JR二日市駅から10時20分発の快速に乗って門司港まで行く。しかしなぁ、片道1,770円は高いし、列車だと快速でも2時間近くはかかるし、おいそれとは来れないよなぁ。12時20分頃門司港に到着する。駅前のコンビニで買ったおにぎり2個とパックのお茶を旧税関裏で食べる。ここはいつも空いているんですよねぇ。
旧門司税関
食べ終わってから、先日開設されたサイクリングロードに行ってみる。しばらくは倉庫と引込線の間を進むことになるが、第二船だまりからは海に面し、なかなか開放感があって良い。
サイクリングロード
風が強い日はちょっと厳しいかもしれないが、今日みたいな穏やかな日は散歩によさそうだ。サイクリングロードとはいえ、今日は自転車に乗る人よりも歩く人の方が多かった。ノーフォーク広場まで歩きてから引き返し、甲宗八幡神社、畑田公園、正蓮寺や市街地の数箇所を撮影する。山城屋は完全に解体されてました。
山城屋前からバスに乗って門司駅前で下車する。柳中央通りを通り、丸和に寄って3階のデオデオが無くなっていることを確認する。不老通りに出て、柳町3丁目の歩道橋(ちょっとした思い出があるので・・・)を撮影。そこから駅前に戻る。門司駅の新駅舎の鉄骨が一部組まれていて、工事はかなり進んでいる。3号線を原町まで歩き、鹿児島本線をくぐって199号線へ出て、井筒屋の配送センター跡を撮影する。ここは大学4年で留年することにした時に1年間の学費を稼ぐためにバイトしたことがあって、思い出深い場所です。
井筒屋大里配送センター跡
そのまま小倉の方向へ歩き、海上交通センターやゼンリン・プリンテックスを撮影。架橋を渡り再び3号線へ出て、敬愛小学校や(株)マツモトの社屋を撮影。一応目当てのものは全て撮影し終えたので、歩いて門司駅まで戻る。歩き回ったので結構疲れました。今度門司に来るのはいつになるかなぁ。16時26分の大牟田行き快速に乗り、18時を少し過ぎて二日市駅に着いた。疲れたので、今日は早く寝ます。(※620LX日記より)
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2003年11月27日

再び県立図書館へ

雨の中、午後から所用のため外出。用が済んだ後、箱崎の県立図書館へ行く。先日来た時に読んだ「門司・小倉の古城史」をじっくり読み、持ってきた620LXでメモを取る。田郷氏の著作では南北朝時代に門司氏が2派に分かれた事情があまり詳しくなく、なんだかもうひとつ納得いく解釈が出来なかったが、この本を読んでよく分かった。やっぱりいろいろ読まないといけませんねぇ。夕食後、早速今日調べたものを携帯版@門司に反映する。城関係の記述はだいぶ充実してきたなぁ。(※620LX日記より)
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2003年12月10日

筥崎宮の撮影ついでに三度県立図書館へ

県立図書館へ。「北九州市土木史」や年表などでいろいろ調べる。(※620LX日記より)
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2004年05月01日

久々の門司、旧日本製粉工場の解体

今日から5連休。今回のGWはあまり天候がよくないらしく、携帯版@門司のネタ用にいくつか撮影したい場所があったので、天気もまずまずの今日は門司に行くことにした。二日市駅を9:28の門司港行きの準快速(海老津や水巻に停車するらしい)に乗り、11時過ぎに門司駅に到着。半年振りの門司で、駅舎が新しくなってから初めてになる。
新しくなった門司駅
これまでホームと駅舎の間の行き来は地下道を使っていたが、橋上駅になったため、エスカレータで階上へ上り改札へ進む。改札を出て、ロータリーへ。古い駅舎は解体のために足場が組まれている。とうとう解体されるんだなぁ・・・。新しい駅舎をデジカメで撮影した後、丸和の1階で昼食にお好み焼きを食べ、その後御所神社にお参りした後、老人福祉センター経由の恒見行きのバスに乗る。
約20分後、老人福祉センターバス停で降りる。まつがえ荘と温水プールを撮影してから、浦中方向へ歩く。浦中公園から住宅地へ入ると、目の前に表面が緑の葉で覆われた円筒型の巨大な構造物が現れた。まさに"グリーンモンスター"です。
グリーンモンスター
どうやらセメント工場の施設だったものが取り壊されずに残されたもののようである。その脇にある階段を上っていくと金比羅宮があり、小さな社殿の横に、今回の門司訪問の一番の目的であった石灰山元祖細石伴吉碑があった。
石灰山元祖細石伴吉碑
細石伴吉は長崎で石灰製造法を研究した後、故郷で石灰の採石・製造業を始め、石灰製造の始とされる人物である。ここ浦中から井の浦にかけては大規模な石灰石の採石場があり、削られて白くなった山肌を見せている。セメント会社の工場も複数進出していたが、すでに閉鎖されてしまったものもある。現在では産廃場になっているらしい。浦中の海岸沿いを歩く。遠くに建設中の新北九州空港と、空港と苅田町を結ぶ橋が見える。井の浦を経由して恒見まで歩く。それほど日差しは強くないが、腕が焼けている。多分鼻の頭も赤くなってるだろう。井之浦道改築記念碑や恒見町の天疫神社を撮影。かなり汗をかいたので水分補給のためセブンイレブンで買ったペットボトルのコーヒーを飲みながら、門司ゴルフ倶楽部のクラブハウス、傘松の碑、吉志の天疫神社と巡る。前回来た時に見つけられなかった森戸一族の墓を再度探索し、それらしきものはあったが、ちょっと自信が無い。これは帰宅してからの確認ですね。
恒見営業所からバスに乗って猿喰へ行く。変電所近くにあるはずの五輪塔を見つけに行くつもりだったが、門司港行きのバスの時間まで20分ほどしかないので断念した。再びバスに乗り門司港へ。門司港駅前で降りると、洗面所(トイレとは別に設置されていたもので、かつては乗客が汽車のススを洗い流した場所である)が撤去されており、バス停の横から駅舎に入れるようになっていた。洗面所の方は帰り水の後ろ側(ホーム側)へ移設されていた。しかし元々男女別だったものが1つになっており、かつ元は入口から入ると窓までずらっと並んでいた流しと鏡が、横に並ぶ格好になっていて、かつてのイメージを残していない。これはもうちょっと原形を保てるように考えて欲しかったなぁ。
門司港駅洗面所
駅前や旧大阪商船を撮影。それほど人出は多くないようだったが、花火大会の日の大混雑を考えると、これくらいのゆったりさがあるほうが散策するには良いでしょう。ボードウォークでは例年通り大道芸や猿回しがおこなわれていて、盛んに拍手がなっていた。サイクリングロードを通って旧門司まで歩き、甲宗八幡神社境内にある碑を中心に撮影。県道261号線を歩いて駅方向へ戻り、塗装し直された福岡中央銀行門司支店を撮影。鎮西橋跡からレトロ地区に再び入り、地ビール工房で黒ビール(¥500)を一杯。歩きまわったので、あっと言う間に飲み干してしまいました。海峡を見ながらひと休みしてから、めぼしいものを撮影しながら駅へ行き、荒木行きの快速に乗り込む。途中小森江駅から旧日本製粉門司工場の建物の解体現場を見る。
日本製粉工場解体
けーばらさんから解体されていることは知らされていたが、あのレンガ造りの建物は私のお気に入りだったので、実際見てしまうとかなりショックだった。列車の窓から撮影しながら、使われなくなった工場や建物がいつかは取り壊されてしまうのは運命だけど、なんとか再利用できなかったのだろうか、跡地は何に利用されるのだろうか、など考える。「あんな無残な姿は見ない方がよかったのかも」とか、「最後の姿を見ることが出来たんだから良かったのでは」とか、帰りの列車はずっと複雑な思いだった。(※620LX日記より)
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2004年06月19日

九軌石柱、焼きカレー、石原宗祐の墓、柳田一族の墓、松ヶ江貯水池

天気がなんとかもちそうだったので、約1ヶ月半振りに門司へ。今回は永楽庵さんが紹介していた門司港の九軌石柱を見るのと、下関に渡って壇ノ浦古戦場跡と赤間神宮の撮影をメインにしていたが、北九州に近づくにつれ、小雨がパラついてきたので、長距離歩くことになりそうな下関に行くのは止めて、門司区内をバス移動することにし、本降りになれば、古書籍店巡りと北九州市立中央図書館に行くよう計画を変更した。午前中に門司港に到着。いきなり本降りになったので、駅前のコンビニに飛び込んで400円のジャンプ傘を購入。傘をさして山口銀行と鉄道記念館の間にある九軌の石柱を見に行く。道端に赤く塗られているが、これは言われないと気付かないよなぁ。
九軌石柱
たしかに「九軌用地」の文字が刻まれている。「北九州の史跡探訪」には3柱あるとされていたが、どうやら今の2柱しか残っていないようである。5枚ほど撮影して栄町の方へ。金山堂、宗文堂、佐藤書店と寄ってから、腹ごしらえに山田屋へ入り、「元祖」と言われる焼きカレーのセット(¥750)を注文する。カレーは家庭的な味で、上に乗っている黄身が半熟の玉子と混ぜて食べるとなかなか美味しい。どちらかと言えばドルチェよりも、こっちの方が好みかなぁ。
山田屋から出ると雨は上がっていて、降る気配が薄らいでいる。サイクリングロードを和刈布まで歩き、観潮遊歩道を和刈布神社まで行く。途中門司市歌の碑があったはずと思っていたが、どうも見当たらない。記憶をたどってこの辺だったと思う場所に行くと、植え込みの中の、碑があったであろう場所には周りとは明らかに大きさの違う木が植えられていた。なんらかの理由で撤去されたのか、どこかに移設されたのだろう。和刈布神社は相変わらず護岸工事が進んでいないようだ。虚子や宗祇などの文学碑がまとめて1ヶ所に据えられている。松本清張の文学碑は青いビニールシートがかけられた状態で、多分工事が終わった後に、どこかに設置されるのであろう。その隣には以前薮の中にあった「和刈布砲台跡」の石碑があった。境内を撮影し、再度レトロ地区へ。センツウビルがアンティークの店に改装されていた。
センツウビル改装
中に入ると、2階まで吹きぬけになっており、アンティーク調の(価格がえらく高い)家具類が所狭しと並べられている。吹きぬけ部分に煉瓦が見えるが、この建物自体はたしかコンクリート造りだったと記憶しているので、改装時に古さを演出したものと思われる。店内の壁には門司港の古い写真が解説付きで掛けられている。ほとんどは見たことのあるものだが、中には初見のものもあり、なかなかいい。使用されなくなった建物をこういう形で利用するのは歓迎すべきだと思う。日粉工場のように取り壊されては元も子もない。14時少し前、門司港駅のバス停からバスに乗って猿喰へ。汐抜き穴へ行くと、市の指定文化財になったこともあり、新しい案内板が出来ていた。潮の干満による戸の開閉が図でわかりやすく説明してある。裸島の方へ歩いていき、石原宗祐のご子孫の御宅を見つける。門の外から、庭の隅にある五輪塔が見えた。近所の人が近くにいたので尋ねると、やはり宗祐翁の墓だそうだ。そのおばちゃんから、見学だけなら家の人に挨拶しなくても問題無いらしいということを聞いたので、庭に入り墓の前まで進む。
石原宗祐の墓
偉大な業績を残している人にしては、意外とシンプルなお墓である。お参りしてデジカメを2枚撮らせてもらう。次に九電変電所の方へ歩き、前回見つけることの出来なかった柳田弥九郎の墓を探す。前回草がおい茂って入れなかった変電所奥の場所に11基の五輪塔を見つける。
柳田一族の墓
これがどうやら柳田一族の墓で間違いないようだ。ここでもデジカメを15枚ほど撮影。あまり日は照らないが、蒸し暑く、この時点で身体はかなりバテている。
折谷池の横の道を九州自動車道沿いに畑方面に向かい、新門司インターチェンジの横を過ぎ、しばらくして山側の道へ曲がってしばらく歩くと、松ヶ江貯水池に着いた。子供の頃に多分何回か来たことがあると思うが、ほとんどなにも覚えていない。落石の危険があるらしく、車を通さなくしている坂道をダムまで上っていく。5分ほど行くとコンクリートのダムが見えた。堤頂を往復して、貯水池を撮影。狭い門司にもこんなに大きな池があることを知らない人がいるかもしれない。坂道を下り、ダムの真下へ行く道に入る。こちらの道は舗装されておらず、雑草と落ち葉で道が覆われている。季節柄マムシやスズメバチには注意しなくちゃいけない。ダムの真下にある弁室には、ダム建設当時の門司市長であった柳田桃太郎氏の手による「天恵水」の文字があった。
松ヶ江貯水池
「北九州土木史」によれば、5市合併以前の門司市は、急激な人口増加で慢性的な水不足の状態だったようで、戦前から戦後を通じ、しばしば給水制限がおこなわれていたらしい。この貯水池も将来の人口増に備えて作られたものだそうで、まさに「恵みの水」となるものだった。その後5市合併で水道施設の統廃合で、今は工業用水として使われているらしい。
もうクタクタになってしまったので、今日の撮影は終わりにして、御堂のバス停まで歩き、そこから門司駅までバスに乗る。二日市まで行く快速は発車までにまだ30分以上あったので、駅のホームに新設された待合室で休憩する。ここの待合室は窓が大きくとってあり、直射日光があたるので、冬は良いかもしれないが、夏場はちょっと居心地がよくないかもしれない。現に外の方が風が吹いていて涼しいし。快速に乗り、二日市には19時半頃到着。結局傘は買ってから最初の15分くらいしか使わなかった。(※620LX日記より)
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2004年07月24日

「からくり・ロボット体験ランド」、門司縦断っていうか

八幡のいのちのたび博物館で開催されている「からくり・ロボット体験ランド」で、テムザック04と番竜の本物を見ることが出来るということで、休日には珍しく朝早くから列車に乗る。10時少し過ぎにスペースワールド駅に到着。今日も30℃を越えているんだろう、少しの距離を歩いただけで汗が吹き出し、背中を汗の玉が流れていくのがわかる。特別展の入場料500円を払い会場へ。会場にはからくり人形やテムザックだけでなく、江戸時代の和時計や伊能忠敬も使っていたであろう測量機器、ロボコンに出場したロボット(全国制覇した北九州高専のFLEXなど)、木と竹で作られた手造りの動くおもちゃなども展示されてました。11時からステージでテムザック04と番竜のデモが始まった。
テムザック04
テレビでは何度か見ているが、実物を見るとやはり面白い。ちょっと動作が遅いかなぁとか思いましたが、番竜のテレビカメラから送られた動画を携帯電話で見ることが出来たりして、ロボットという存在を身近に感じることが出来ました。ショーが終わると集まっていた子供が恐る恐るテムザックに握手したりしてました。私はさすがに遠慮しましたが、触ってみたかったなぁ(^^;)。
売店で北九州の地質や生物について書いてある小冊子を購入し、11時半頃に博物館を出て小倉へ。ちょくちょく門司には来てますが、小倉はほんとに久しぶりに来ました。吉野家で牛鉄鍋(牛丼は無いのにこういうのは売ってるのね)を食し、クエストに寄って、地元出版コーナーで何冊か立ち読み。門司や下関の古い写真を集めた「関門浪漫」という本には、初めてみる写真が結構多く掲載されていて、これは良さそうです。今日買うと荷物になるので、今度来た時に購入しましょうかね。魚町から門司方面のバスに乗って鳥越バス停で下車。以前永楽庵さんが紹介していた庚申塚を撮影後、閉店されたとみやま藤松店の前を通り、大里高校の方へ歩き、少し風景などを撮影。ここまで来たが、急な坂道を登るのはしんどそうなので、馬頭観音の探索は涼しくなってからにしましょう。藤松2丁目から門司駅までバスで移動。駅前から歩いて大里本町を通ると、八坂神社の御祭りが明日らしく、貼り紙や幟が立っている。神社に行くと、入口に紺色の幕を張った拝殿の壁が明るい黄土色に塗りかえられている。去年まではだいぶすすけた感じだったので、これは良い。
八坂神社
西生寺の古井戸を撮影した後、日本製粉工場跡へ行く。けーばらさんのサイトでだいたい状況はわかっていたが、レンガ造りの建物が3棟残っているのみで、あとは何も無くなっていて、レンガ色のだだっ広い空き地が広がっている。
日本製粉工場跡地
建物が壊されているのを見た時はかなりブルーになってしまったが、こうも見事にまっさらになってしまうと、かえって気持ち良い感じもする。あとは、この土地はどう利用されるのかが気になりますねぇ。近くのレンガ倉庫は外装や屋根を修繕中のようで、足場が組まれていた。アサヒ協和醗酵の工場内のレンガ造りの煙突の周りもなにやら工事している。見た限りでは煙突が壊される気配はないのでひと安心。
アサヒ協和醗酵工場内の煙突
3号線に出て、体力の消耗を極力避けるつもりで、距離は短いが、小森江から二夕松町までバスで移動。風師神社を訪れたあと、歩いて東貴船公園の「水害殉難者之碑」を撮影。
水害殉難者之碑
もうかなりバテている。むせてしまって、空気が肺に入ってこない感覚。慈雲寺で磯部松蔵の墓と寿像台座を撮影して、今回の撮影の目的は達成。そのままレトロ地区まで歩いていく。区役所には地元出身の女子バレー五輪代表の竹下選手の健闘を祈る幕があった。萩ヶ丘小・戸ノ上中出身だそうで、随分近所だったんだなぁ。レトロ地区までたどり着き、海峡プラザで汗がひくまで休憩してから、地ビール工房でテイクアウト。夕方からは門司港フェスタだそうで、国際友好記念図書館横の広場にはテーブルと椅子がきれいに並べられている。体力限界なので、16時半前に門司港駅に行き、快速で二日市に帰宅。(※620LX日記より)
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2004年11月03日

念願の大積神楽見学

海老津から普通列車に乗り、門司駅で下車し、バスに乗って鹿喰トンネルへ。そこから大川河口まで歩き、市立門司病院前からバスに乗って門司港へ。バスを乗り換え、大積に着いたのは16時半くらい。浄光寺周辺を撮影して、神楽の準備最中の天疫神社に一度寄ってから大積トンネルをくぐって喜多久まで歩き、貴布祢神社を参拝。
喜多久の貴布祢神社
神楽の開始までに時間があったので、今度は峠を越えて大積へ戻る。神社についてから、夜店のしし鍋(200円)と缶ビール(250円)で腹ごしらえ。舞台となる拝殿前で今日の演目をもらい、18時10分頃から神楽が始まりました。「御神米」から始まり、「折居神楽」「地割神楽」「御福神楽」へと続く。舞い手が中学生の男の子だったせいか、山家岩戸神楽に比べると全体的にしなやかな感じですねぇ。ステップの踏み方(神楽なんだけど、どう言っていいのかわからないので、あえて「ステップ」という言葉を使わせてもらいます)も、軽快でスピード感もある。自ら回転しながら舞台を回る山家の神楽と違い、こちらは身体を回す回数は少ないようだ。それから、あまり観客側に顔を向けないですねぇ。特に写真を撮りながら見ていたのでそう思ったのかもしれませんが、どちらかと言うと神殿側に向かって舞を舞っているような感じです。まぁ元々神々へ奉納するためのものなので、それが当たり前なのかもしれませんけど。続く「浦安の舞」は中高生の女の子が巫女として舞っていましたが、演目案内の紙を読むと、昭和天皇の御製に振付けたものだそうで、伝統的な神楽とは特に関係無いようです。そう言えば、山家神楽では舞い手は中年以上の男性だけでしたが、大積の方は若い人が多いですねぇ。このあたり伝統芸能を受け継いでいこうという地元の人たちが努力が見えているように思います。まぁ小中高生には多少迷惑なのかもしれませんけど。「御先の舞」で初めて面を被った舞になる。ひと通り舞が終わった後、親たちが小さな子供を「御先の神」に抱いてもらおうと舞台へ上がっていく。抱きかかえられて泣きわめく子もあり、ニコニコ笑っている子もあり、抱きかかえられるのが嫌で逃げ回る子、抱きかかえられた後に親に文句を言う子もいたりという具合で、ホントに様々でした。お米を盛ったお盆を両手に載せて舞う「盆の舞」(一度失敗して米が散乱してましたが(^^;))、4人の舞い手が鬼の面をつけて舞う「四方鬼」(途中舞台から降りてきて、また子供達が大混乱してました)と続き、最後に「岩戸神楽」が演じられた。
大積神楽
同じ演目なのに山家のものとは明らかに違い、手力男命が岩戸を開くシーンを除くと、大積の方がどちらかと言えば淡々として進んでいく印象を受けました。本来こういう言い方はおかしいのでしょうが、観客のアピール度がちょっと控えめのような感じでした。まぁ別に演劇ではないので、こんなことはどうでもいいんでしょうが。「岩戸神楽」が終わってから、最後に餅撒きがありました。餅を拾うつもりがなかったので、一番後ろの方にいたのですが、前方の人たちが受け損ねた餅が結構後ろの方まで転がってきたので、結局4袋(8個)拾うことが出来ました。大積東口からバスに乗って門司港駅へ行き、博多行きの快速電車に乗り(疲れていたんでほとんど寝てました)、博多駅で普通列車に乗り換え、二日市に帰り着いたのが0時を少し回ったところでした。(※seamoon:HYPERより)
夜の門司港駅
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2005年02月12日

今年最初の門司

魚町からバスで門司へ向かう。新町で下車し、下水道処理場を撮影した後、旧長崎街道を門司駅まで歩く。以前から気になっていたお化け屋敷の様なアパートが解体されるようで、窓なんかが外されていました。
お化けアパート
旧サッポロビール工場に近付くと、まだ工事中の宅地用に整地された土地が広がっていましたが、昔の街道の雰囲気が全く無くなってしまってます。しかし、こんなに海に近い場所が宅地として売れるんですかねぇ。旧サッポロビール工場の再利用もあまり進んでいないようだし、ちょっと先行不安。この後門司から下関へデジカメ撮影。関門人道トンネルを通り、和布刈へ。
和布刈神社にて、細川灯籠が囲われてるんですが・・・。それに拝殿下の石段前に柵をして入れなくしてますねぇ。神事の時に何かあったんですかね?
囲まれた細川燈籠
これも「義経」の影響か、和布刈の至る所で平家関連の史跡の案内板が立てられてますねぇ。
甲宗八幡神社の境内にも伝平知盛の墓の案内がありました。しかし、これ、観光用にお墓をきれいにしたばかりってことがありありと判りますけど・・・(^^;)。(※seamoon:HYPERより)
平知盛の墓
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2005年04月29日

今年2度目の門司訪問、矢筈山キャンプ場、フミコ林ライス、田野浦

JRの快速に乗って小森江駅まで。なんか協和発酵の工場内にあった煉瓦の煙突が見当たらないんですが、解体してしまったんでしょうか・・・(;_;)。気を取り直して、風師登山道から浄水場跡、小森江子供のもり公園の横を通り、矢筈山の頂上に向かう。しかしなぁ、今日の暑さもあるが、やはり運動不足ですぐに息が上がってしまう。かなり遅いペースでゆっくり登り、約20分くらいでキャンプ場に到着する。到着早々キャンプ場の管理人のオジさんに声をかけられ、少しキャンプ場の説明を聞いて(藤棚がキレイだとか、この辺りが兵隊の宿舎だったとか)から、矢筈堡塁跡の撮影。
矢筈堡塁跡
壊されずにこうやって残されているっていうのは、史跡好きにとってはホントにうれしいです。キャンプに来た人達が、少しでも昔のことや戦争のことを考えるきっかけになれば残し甲斐があるんですが、まぁそこまで求めるのは行き過ぎですね(^^;)。キャンプ場をうろうろ回り、管理人さんが言っていた藤棚のところで休憩。ここからは門司の街の全景と小倉から戸畑・若松方面を一望できて、なかなか良かったんですが、頭上でたくさんのクマバチが藤の花に群がっていて、休憩はそこそこに切り上げるはめになりました。約1時間程撮影し、洗面所で汗だくの顔を洗って山を下りる。途中小森江子供のもり公園内にある小森江貯水場跡を撮影。
門司港方面に向かうため、小森江バス停へ。3月に一部バス停の名称と行き先番号の変更を案内する貼り紙があった。門司区内の路線でも、90や91が無くなり、新たに70番台という見慣れない番号が付いています。携帯版@門司には、バス停名を記載しているんで、帰宅したら修正ですね。しかし、レトロ地区のバス停の名前の頭に全て「レトロ」を付けてしまうセンスには?ですけど(^^;)。
桟橋通りでバスを降り、栄町にある放浪記に入る(一度来たいと思ってたんですよねぇ)。
放浪記
思ったより店内は狭いですね。でもなかなかレトロチックでよろしい。お客さんは家族連れや若い女性が多いようです。フミコ林ライスのセット(サラダ付き・¥750)と生ビール(¥450)を注文。味は適度な酸っぱさがあって、今まで食べたハヤシライスの中では上位に入ると思いますが、量が男性にとっては少な過ぎかなぁ。ゆっくり食べても、ものの3分で無くなっちゃいました。まぁ女性をターゲットにしているんでしょうね。追加料金を払えば大盛りがあるようなので、男の人はそっちを頼むといいでしょう。
腹ごしらえの後、佐藤書店に寄ったり、取り壊された旭湯の跡に行ったり、清年神社に参拝したり、おかし屋や魚住酒店を撮影したり、山城屋跡に建ったマンションを見に行ったり。しばらくして、門司港駅のロータリーのバス停から田野浦行きのバスに乗る。
まだ取り壊されていないか心配はしてましたが、春日神社の社殿はどうにか残っていました。しかし前回来た時とは比べものにならないほど荒廃していました。
春日神社
これは倒壊の恐れがあると思いますので、あまり近づかない方がいいでしょう。由緒ある神社だけに、残念だなぁ。
田野浦からバスに乗って門司駅まで。御所神社に参拝しましたが、キリメンの森の石室の説明板が新たに設置されていました。この説明板は、なかなか詳しいですよ。山登りが効いたのか、かなり疲れたんで、柳町銀天街のカドで一服。約20年振りかなぁ、ここに入るの入るのは。ミルクセーキを飲みながら、帯同したSL-C3000ではてなの文章を清書。(※seamoon:HYPERより)
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