2002年05月03日

雨のゴールデン・ウィーク

今年のGWは天気には恵まれないらしい。家族で門司港から出る連絡船で唐戸に渡り、下関でおこなわれる源平船合戦や先帝祭を見物がてら、新しくなった唐戸市場に行くことにした。が、車で11時半頃門司港に着いた途端、重たい雲から雨が落ちてきた。駐車場から歩いて、レトロハイマートの横を過ぎた辺りで、局地的な強風のため父親から借りた折り畳み傘の骨が折れてしまった。代わりの傘を車に取りに戻り、再びレトロハイマートを過ぎ、ブルーウイングもじ(日本で唯一の歩行者専用のはね橋)を渡り、連絡船乗り場のマリンゲートに着くと、船を待つ200人程の行列が出来ていた。約1時間半待ちという情報が待ち客の間で飛び交う。私の両親は、もう40年以上門司に住んでいるのに、一度も関門海峡を船で渡ったことがないそうで、時間に余裕もあるし、折角なので待つことにした。連絡船は2隻でフル稼働している様で、思っていたよりも早く乗船できそうだ。
連絡船乗船のため並ぶ

待っている間に、雨も小康状態になり、約1時間弱で90人乗りの小型船に乗れた。唐戸まではたったの7分程度だが、それでも船に乗るのはいつも楽しい気分がする。悪天候のわりに思いの他波の立っていない海の上をを船は進み、対岸の海響館(新しい下関の水族館)が見る見る近付いてくる。
唐戸桟橋に着くと、また雨が強くなった。連休前にオープンしたばかりのカモンワーフ(土産物屋や軽食の店が入っている)に寄り、まずはトイレ休憩(^^;。
そこで悪天候の為、源平船合戦が中止になったというアナウンスを聞く。遠くから観客も来ていた様だが(船で一緒になったカップルは、長崎から来たそうである)、まぁこの天気では仕方ない。
新しくなった唐戸市場に行く。屋根が非常に高く、開放的で気持ちがいい。市場というと、ちょっと薄暗くてイメージがあるが、建物が新しいせいもあり、非常にきれいだ。昔は一般客は入れなかったそうだが、今は自由に買物も出来、2階には小さいながらも一般客向けに回転寿司や定食屋などもある。この定食屋は2,3日前に地元のTVで、安くて美味しい店として紹介されたばかりだそうで、店内に入れない人達で行列が出来ている。記憶は曖昧だが、アジ定食が650円だっただろうか、首都圏に住む人間にとっては驚くほど安い。回転寿司の方も、店の外から見た限り、昨日行った小倉の回転寿司よりも全体的にかなり安いようだ。この定食屋で昼食のつもりだったが、今から並ぶのもちょっとなんだし、休日ということで1階の市場の各店でいろいろなものを売っていたので、好きなものを買って食べることにした。
唐戸市場

座る場所を確保してから、缶ビールとふぐのにぎり寿司(6カンで800円・・・ちょっと高い)やサザエのつぼ焼き(今日の朝の「はなまる」で、サザエの特集をやっていて、一緒に見ていた母親と即ゲットすることで一致した)などを買う。さすがにふぐは美味しく、サザエも旨かったので、ビールもグイグイと喉に入っていく。
いつの間にか外はドシャ降りになっていて、すぐ近くにある海響館も霞んでよく見えない。小1時間で、すっかりお腹を満たしてから、少し市場内を周って夕食のふぐの刺身を買った後、外を歩きまわることも出来ないので、再び連絡船に乗って門司に帰ることにした。やはり桟橋には人がかなり並んでいたが、今度は30分程度で船に乗れた。行きの時よりも波が荒くなっている。マリンゲートに着くと、もう下関へ渡ろうとする人もおらず、レトロ地区に出ていた露店のほとんどは店じまいしていた。多分明日も雨なので、今年のGW売り上げもあがらないだろう。そのまま家に帰り、今日は終わり。
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2002年05月05日

レトロフェスタ

やっと今日は朝から晴れだ。予定通り午後から門司港のレトロフェスタに行く。
門司港への道(旧電車通り)はかなり渋滞していたが、30年以上門司の街を仕事でもプライベートでも車で走り続けた父親の経験と勘(^^;で裏道を駆使して渋滞を抜け、最終的には199号線の方が空いているようだったので、そちらを通って門司港に着いた。
昨日一昨日と天候が悪かったせいもあるだろうが、レトロ地区は大変賑わっている。今は遠く離れてしまった故郷であるが、こう賑わってくれると単純に嬉しい。一人でも観光客が多く訪れてくれて、門司にいい印象を持って帰ってもらえれば、と願う。
丁度モアベターがミニライブ昼の部をやっていて、終了まで立ち見し、その後母親がレトロハイマートの31階にある展望室の招待券をもらっていたので、初めて上ってみた。展望室は思ったよりも広く、17倍まで拡大可能というデジタル望遠鏡が数台設置されている。ビールやつまみになるような食べ物を売るスタンドもあり、足元の絶景を眺めながら1杯やるのはきっと気持ちよいだろうなぁ。
レトロ展望室からの眺め

上空103mから眺める関門海峡と門司港の街並みと対岸の下関の街は、まるで大きな河を挟んだ双子都市のようだ。夜10時まで利用が出来るということで、ここから見る夜景はきっときれいだろう。
展望室から降りて、旧門司税関の裏側のスペースにあるテーブルが比較的空いていたため、そこを確保し、ちょうど開閉時間だったブルーウィングや第一船だまり方向を眺めながら、家から持ってきた缶ビールを2本飲む。実際はダイエーで売っている1本98円の発泡酒であったが、少し熱いくらいの日差しを浴びながら、屋外で飲むビールは本当に美味しい。
門司港レトロでまったり

門司港ホテルのシンプルな外観は、すっかりレトロ地区の新しいシンボル的存在に見える。海峡プラザ前では、この前西日本総合展示場に来ていたSISAYがライブをしているのが見える。
ビールを飲み終えた後、モアベターのミニライブまで約2時間ほどあったが、すでに席取りをしておくという両親と別れて、デジカメ撮影のため和布刈の方へ歩いて行く。途中で甲宗八幡神社に寄って撮影。
甲宗八幡神社本殿

和布刈に行く時は必ずこの神社の前を通ることになるが、初詣などで来た記憶が無い。境内にはひと一人いなかった。本殿左右の建物の、裾野が大きく広がったような屋根が特徴的で、あまり見たことが無い形式だ。
それから、引き込み線のトンネル前の鳥居をくぐり、和布刈神社に向かう。この鳥居をくぐると、本当に和布刈に来たという実感が湧く。5分程度で境内に着き、本殿で参拝した後、デジカメ撮影する。
和布刈神社本殿

我が家では、戸ノ上神社と共に、正月の三社参りでの定番であった。和銅3年(710年)には朝廷にワカメを献上したという記録が残っているという、旧暦元旦の深夜におこなわれる和布刈神事が有名な由緒ある神社だが、海と山に挟まれた場所にあるため、境内はかなり狭い。巌島神社のように、静かな海に面した神社は多くあるが、これだけ潮の流れが激しい場所の神社は、また違った趣がある。
遊歩道に出てみたが、休日というのに、人も車も少ない気がする。昔は門司の観光名所というと、和布刈地区(後に関門橋も含むことになる)しかなく、子供の頃の記憶だと、日曜日などはいつも人が多かったのだが、やはりレトロ地区に客が取られているのであろうか。遊歩道沿いの店も閉まっていて、ちょっと寂しい気もする。
関門橋や海峡、ノーフォーク広場を撮影し、18時40分頃レトロ地区に戻り、ミニライブ会場である親水広場の席を取っていた両親と合流する。
19時になり、レトロフェスタでは恒例になったモアベターのミニライブが始まった。モアベターの出番前に去年も出ていたエターナルソウルという大分の女性ボーカルグループと久留米の聖歌隊の何とか?いうグループの歌があったため、正味40分程度(6,7曲は歌ったかな?)でしたが、今年のライブもなかなか良かった。去年は歌と歌の間のMCが結構面白かった記憶があったが、今年は時間が短かったせいか、トークが少なかった。
モアベターのミニライブ

ミニライブ終了直後の20時からは、レトロフェスタを締めくくるレトロファンタジー(レーザー光線と花火のショー)。10分か15分程度と短かかったが、なかなか盛りあがった。
レトロファンタジーの終了で一斉に観客が帰路についたため、桟橋通りは大渋滞となったが、その先からは全然スムーズに車が流れ、21時に家に着く。
家に帰ってから、メガネのヨシダ(門司では老舗のメガネ屋さん)から誕生日祝いに送られてきたワイン(ロゼ)を飲み、今年のGWはこれで終わったなぁという気分になった。明日は"仕事の場所"である首都圏に帰らねばならない。
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2002年05月25日

再び門司へ帰省

今月二度目の門司への帰省。外は少々暑い。
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2002年05月26日

出自

母方の祖父の25回忌の法要があり、父親の車を運転して納骨堂のある小郡のお寺さんに向かう。祖父は昔門司の電電公社の局長だったことがあり、その局の建物が今の門司電気通信レトロ館ということです。父方の祖父も電電公社に勤めていて、そのつながりで長男(父親)と三女(母親)が見合いをして、私と弟が生まれました。私は祖父にとって初めての男の孫だったので、非常に可愛がられたということを母親や親戚からも聞かされていて、本当にやさしいおじいちゃんでした。(「620LX日記」より)
門司港電気通信レトロ館を見上げて
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2002年08月13日

関門海峡花火大会

本日は海峡花火大会が門司港と対岸の下関でおこなわれた。父親が招待券をもらっていたので約10年振りに会場で観ることにした。打ち上げ開始は20時だが、例年夕方から道路が混むので、15時には家を出て、小森江駅までは車で行き駐車場に停めてJRで門司港に行くつもりだったが、駅に着くと駐車場は既に満車で、入場ゲートの前にはまだ3台の駐車待ちがいた。普段は満車になることはないので、やはり花火見物の人たちの車が多いのだろう。すぐに空く可能性は低いと思ったので、近くにある門司市民病院の方まで行き、路上駐車が出来る場所を見つけて停める。そこから小森江駅へ歩いていくと、門司港へ向かう車で3号線は既に渋滞気味になっている。例年通り今年も臨時列車はあるが、まだこの時間には出ていない。駅で往復切符を買い、10分程待つと列車が来た。列車はかなり混み具合で、ギュウギュウ詰めという訳ではないが、身体の方向を変えるのは少し難しい程度。まぁ一駅なので問題無い。車窓から見る199号線もかなり混んでいる。門司港駅に着くと、やはり人が多い。花火会場に行くにはまだまだ早いので、駅から旧税関の方向へ歩く。旧税関裏で座る場所を見つけ、家から持ってきた発泡酒を父親と二人で飲み、しばらく時間をつぶす。まだまだ時間があったので、第一船だまりの周りをまわって出店をひやかす。はし巻きが1本200円なんか高いよなぁ。カクテルを出している店で、ジンやウォッカの瓶が並んでいるのを父親が目をつけて、結局1杯400円のスクリュードライバーとシンガポールなんとかというカクテルを買う。
2002年関門海峡花火大会(1)

そうこうするうちに19時になったので、人でごった返す海岸沿いの道を西海岸埋立地の会場に向かって歩く。いつもの年より客が多そうだ、と父親。
2002年関門海峡花火大会(2)

会場に着くと、既に招待席の7割近くは埋まっていて、空いた席を見つけてやっと落ち着く。会場の入場ゲート近くの出店でやきそば(1パック500円・・・高〜い(^^;))を買い、これを夕食にする。アルコールのせいで、かなりトイレが近くなっていたので仮設トイレに行ってみると、20人くらいの列が出来ていて、数箇所ある仮設トイレがほとんど同じ状況だったので、結局門司港駅の洗面所まで歩いて用を足す。駅からはまだまだ人が出てきており、会場方向へゆっくりと流れていく。
2002年関門海峡花火大会(3)

歩いて戻るうちに20時になり、入場ゲート近くで打ち上げが始まった。今年は下関は会場が2箇所あるようで、彦島の方からも花火があがっていた。目印がなく、暗くもあったので、取っておいた席がなかなか見つからず、5,6分うろうろして発見。やっとゆっくり花火見物が出来る。風が無いせいで、打ち上げた後の煙がなかなか退かず、次々に打ち上がる花火が煙に隠れてしまい、端っこしか見えないことも多かった。
2002年関門海峡花火大会(4)

しかし、大きく柳の枝のように海面近くまで火が伸びるもの、爆発するとハート型になるもの、螺旋を描いて上っていくものなど、間をおかずに次々打ち上げられる花火を十分堪能できた。何枚かデジカメでも撮影。その代わり、花火から出る紙やすすや綿状のものが降ってきて、顔や服が黒くなる。終了間近に小倉へパートへ出ていた母親と途中で合流。母親が言うには、20時半頃小倉から乗った列車はまだ満員状態で、門司港で降りる人もまだ多かったそうだ。この時間に来るということは、花火見物だけでなく夕涼みに来る人も多いということだろう。
21時をちょっと過ぎて、花火は終了。いっせいに観客が駅へ向かうのを見越して、後片付けが始まるまで、残った発泡酒を飲みながら、しばらく会場で待つことにする。30分程で会場を出ると、まだまだ人が多く、出店もまだ閉まっていない。ゆっくりした流れに合わせて歩いて駅に向かうと、駅前はまだまだ混雑していて、少し待ったくらいでは列車に乗れそうもない。母親が夕食がまだだったので、栄町商店街で何か食べようということになったが、けっこうどこも客が多い。何件か覗いてから、好々亭という店入る。この店は、父親がまだ会社で営業まわりをしていた頃、門司港で昼時になると、よく来ていたそうで、母親も独身時代(もう40年以上も前)に門司港の玉屋?の営業所かなんかに勤めていた頃の昼食によく来ていたらしい。ここでお好み焼きスペシャル(大)を注文する。ソースの香りがどことなく懐かしい。玉子が入り野菜もたっぷりで、値段が650円なのは嬉しい。
好々亭を出て、駅へ向かう。桟橋通りはまだまだ車の渋滞がひどく、交差点では警官が出て誘導していたが、信号が変わってもほとんど進まない。やはり車で来るのは止めた方がいい。22時半少し前になっているが、駅前の混雑はまったく変わっていない。駅入り口付近で福岡県警の人たちが入場規制をしている。しかたないので並んで、待つこと約1時間でやっと列車に乗れた。10分に1本の臨時列車も間に合わないようで、まだまだホームにも人が多く並んでいた。運良く座れたが、その後からもどんどん乗ってきて、あっと言う間に満員になる。小森江駅で下車すると、多くの人が3号線を門司港から歩いて帰っているのに会った。元気があればこれもいいかもしれない。
なんとかその日のうちに帰りつく。すすだらけの頭と汗だらけの身体をシャワーで洗い流した後、どっとベッドに倒れ込んで就寝。
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2002年08月14日

今朝の新聞より

今朝の新聞を読むと、昨日の花火には門司と下関合わせて115万人の人出だったそうだ。そりゃぁ駅も混むはなぁ。その記事の下には、花火見物の帰りに船から落ちて水死した人がいたようだ。昨日会場を出る前に、サイレンを鳴らして走っていった海上警備の船を見たが、これだったのかもしれない。
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2002年08月16日

ぐうたらな一日

本日も特に何もしない一日。午後8月いっぱいで閉店するグルメシティ大里店に涼みに行ったくらい。
今回の帰省では、昼間のテレビは高校野球くらいしかやっていないし、620LXやjornada548は持参しているもののパソコンは持ってこなかったので、ネットサーフィンという訳にもいかないので、学生時代に買って実家に置いてあった本を取り出して読むことが多い。「世界名画の旅」1〜7巻とか「櫻画報大全」とか「モンガイカンのビジュツカン」とか「俺たちはノイズだ」とか「日本近代文学の起源」とか「文学アルバム志賀直哉」とか「佐野量子写真集」とか・・・。どれも意外に新鮮だったりする。・・・というか内容をすっかり忘れているというか、覚えが悪いと言うべきか(^^;)。それにしても、ずーと本棚に入れたままで何年も開くことがなかったので、ダニとか多いようで、本を読んだ後、身体中がなんだかカユくってしょうがない。こりゃ虫干しすべきだな。
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2002年08月17日

ニューアベベ・オールスターズ、焼きカレー

今晩は門司港ホテル横のボードウォークで、ニューアベベ・オールスターズというアマチュアのビッグバンドのコンサートがあるということで、夕方から車で門司港へ行く。さすがに花火大会の時とは違い、車も人もまばらである。コンサート前にちょっと腹ごしらえ。ドルチェという喫茶店で焼きカレーセットを食す。
ドルチェの焼きカレー

門司の"名物"らしい焼きカレー(要するにカレードリアである)を初めて食べたが、「カレー好き」な私としては期待したほどではなかった。まぁ店によって色々なのだろうから、決めつけてしまうことはない。また今度どこかで食べてみよう。店を出てから、まだ開始時間までに間があったので、旧大阪商船ビルと門司港駅を中心に、しばらくレトロ地区を散策&デジカメ撮影。
旧大阪商船

19:00からコンサート開始。メンバーは歯科医や医学生が多い。
ニューアベベオールスターズ

家から持ってきた缶ビールを飲みながら、カウント・ベイシーやグレン・ミラーなどの名曲を聞いているうちに、あっと言う間に1時間半が過ぎてしまった。海の近くで涼みながらジャズを聞くというのは、本当に心地好い。
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2002年08月18日

大里本町から松原へ

午後デーゲームのダイエーVSブルーウェーブ戦をTV観戦し、ダイエーの勝利を見届けてから旧長崎街道の狭い道を大里本町から松原(門司と小倉の境にある町)まで往復する。大里本町は元々私の生まれた家があった(今は駐車場になっている)場所で、199号線に隣接してはいるが、まだまだ静かである。少なくはなっているが、古い家並みもまだ残っており、珍しい窓枠のある家や木の格子の付いた家など、江戸時代の宿場の雰囲気をわずかながら感じることが出来る。
大里本町界隈

門司駅は現在建て替え中で、駅舎がすっかり無くなっているが、隣接する旧サッポロビール九州工場も丸裸の状態で、レンガ造りの建物のみを残して、跡地は整地されてしまっている。でも、これまで見たことの無い角度から建物を見ることも出来るので、これも貴重な風景なのかもしれない。
旧サッポロビール跡のタンク

そのまま小倉方向へ進み、松原まで歩く。前回(といっても20年位は経つなぁ)訪れた時は、金属を加工する小さな工場が立ち並んでいた印象が強かったのですが、普通の住宅が増えた反面、工場の数は減っているように感じる。しかし削りカスが道端に積まれている様子や、金属を削った時の独特の匂いは、昔と変わらないものでした。
松原界隈

新しく出来たJRの貨物ターミナルや、3号線と199号線をつなぐ橋や、その橋の上から見える戸畑や八幡側の工場群などをデジカメで撮影(そう言えば、先日の花火大会の時に、空から降ってきた花火カスのせいと思うが、デジカメの表面が熱で数箇所変色してしまっていた)。所々陽の光が漏れる曇り空の下で、工場の高い煙突から白い煙が長く流れて行く眺めは、見飽きることがない。
北九州工業地帯を望む

来た道をそのまま戻って帰宅。休暇もこれで終わったなぁって気がする。(「620LX日記」より)
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2002年10月01日

ふるさと門司への帰郷

昨晩の酒が残っている中、10時半に横浜のホテルをチェックアウト。素浪人の第1日が始まる。引っ越し代金を振り込んだ後、せっかくなのでラーメン博物館にでも寄ろうとも思ったが、戦後最大級の台風が関東接近中ということで、うろうろしないで車中の人になることにした。Suica定期をデポジットした後、新横浜駅内の店でかき揚げそばランチを食し、12:09発のぞみ13号に乗り込む。
ひどく眠かったので、座席に座るとすぐに寝る。気が付くと三河安城だった。風も雨もたいしたことはないようだ。名古屋あたりまでは雨、新神戸までは曇っていたが、岡山近辺ではすっかり晴れていた。
16:32小倉に到着。鹿児島本線に乗り換え、17:00少し過ぎに小森江到着。迎えに来てもらった親の車に乗り、実家に帰る。しばらくはここが本拠地になる。実家に着くと、なんだか急に眠くなったので、また寝る。(※620LX日記より加筆・修正)
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