
桜はすでに葉が出始めているが、まだ花は散ってはおらず、遠くから見ると薄いピンクの霞のように見えて奇麗である。花見の風景や県の指定天然記念物になっているサトザクラや山頂広場からの眺望などを撮影。
公園から海岸沿いに歩き、いろいろ撮影しながら白野江を抜け青浜へ向かう。途中で"日本三大奇石"梅花石が出るという海岸に寄り、青浜に着いてから僧清虚の墓を撮影。60歳だった清虚は大分・竹田津から高野山へ向かう途中に青浜沖の海が航行困難であることを知り、部埼の山上で徹夜で火を焚いて航行の目標とし、亡くなるまでの13年間一日も欠かすことなく続けた善行僧である。清虚亡き後は青浜村民が焚火事業を引き継ぎ、後に明治政府が国策として灯台を建てることになったということだ。さらに歩き続けて部埼へ行く。巨大で白い清虚像が見え始めたが、その先の道路が改修工事中ということで通行止めになっている。どうしたものかと辺りを見回すと、海岸へ下りれば像の場所まで行けそうなことが分かった。大きなゴツゴツした石のころがる海岸を難儀しながら歩き、清虚像の下まで辿り着いた。

ここには大学時代に友人と車で来て以来なので、15,6年振りになるだろうか。像はもっと大きかった記憶があるが、ちょっと顔が変だった(^^;)というのは記憶通りだった。数枚撮影した後、灯台へ上る道を探す。どうも通行止めになっているところにあるようだ。一応辺りを見回して人がいないことを確認してから柵の中に入る(^^;)と、案内板の横に上り口があった。右左に曲がる階段を上っていくと、白い部埼灯台があった。

九州で3番目の洋式灯台として1872(明治5)年に建てられ、現在は無人になっている。灯台やここから見える海峡の風景を撮影し、山を下りる。
ここから白野江に戻るか太刀浦まで行くかを考えた結果、かなり足が疲れているのでゴツゴツした石の海岸を歩くのは嫌だし、せっかくここまで来たので「太刀の井戸」も撮影したいと思い、結局太刀浦へ歩いていくことにした。灯台のある山の裏辺りは大規模な砕石場になっていて、普通の日はトラックの往来が凄いという話だが、日曜日なので一台もトラックは動かなかった。第二コンテナターミナルを右手に見ながら歩き、太刀浦トンネルへ向かう道との交差点を曲がり、しばらく行くと、左側に古い長屋が見えた。田郷氏の冊子では長屋の中に「太刀の井戸」があると書いていたので、近づくとそれらしい井戸がある。しかし案内板がある訳でもなく、近くに人もいなかったので確証がない。とりあえず撮影する。

そのまま太刀浦のバス停に着いたが、バスの発車時間まで50分近くもある。バス停上方にある貴布禰神社にお参りした後、田野浦病院前の自販機で買ったコーラを飲みながら田野浦まで歩く。田野浦の街並みや春日神社の階段下の灯篭などを撮影する。春日神社前バス停からバスに乗り、桟橋通りで乗り換えて大里東口まで帰り、そこから歩いて自宅に戻る。(※620LX日記より)





