2002年11月20日

猿喰城跡、木舟社など

「はるちゃん6」を見てから、デジカメを持ち出して外へ出る。今回は七ッ石峠を越えて猿喰(さるはみ)方面へ行くことにした。城山霊園前を左に曲がり、しばらく歩くとT字路にあたった。左に曲がると東部斎場がある。右に曲がる所で猿喰城址登山口の看板があり、せっかくなので登ってみることにした。登山道はかなり急で、枯れ葉が落ちて滑り易くなっている。運動不足のうえに体重も増えているためか、かなり早く足に疲労がきて、すぐに息が上がる(xox)。昔の武将達が鎧兜を付けて攻め上ったというのだから、すごい体力だよなぁ。額の汗を拭きながら休み休み登って、10数分で頂上に着く。山頂にはNHKと民放共同のテレビ中継放送局のアンテナがそれぞれ立っていて、その奥に小さな石室と「猿喰城址」の石碑があった。
猿喰城址
息を整えながら、20分程度で何枚か撮影。滑りそうになりながら山道を下りる。近くに「七ッ石峠」の名の由来である、七つの自然石の墓があるはずだが、わからなかった。また後日探してみよう。
峠を下っていく。「でっか字まっぷ北九州」を見ると、このあたりに「本舟社」という神社があるらしいので、行ってみることにした。脇道に外れて集落の中を通ると、奥の方に鳥居と小さな社殿があった。
木舟社
両手を合わせた後、何枚か撮影。ガラス戸の閉まった拝殿の中を見ると、扁額が掲げられていて「木舟社」とある。鳥居の近くで畑仕事をしていたおじさんに尋ねると、やはり<きふねしゃ>であるそうだ。門司には「貴船神社」、「貴布祢神社」と、<きふね>と名の付いた神社がいくつかあるが、多分同じ意味だろう。先のおじさんの話では、だいたい神社の造営は400年位前で、本殿は5年前に建て替えたばかりだそうである。
九州自動車道の下を過ぎ、門司北高校前の交差点に出て、完全に産業道路化している県道25号線を畑方面へ歩いていく。猿喰にある厳島神社へ寄ろうと思ったが、西側に山のある新門司は日が暮れるのが早く、ちゃんと撮影するには暗くなり過ぎたので、このまま帰ることにする。畑の交差点を右に曲がり、玉泉寺前を通り、鹿喰トンネルを抜ける頃には完全に暗くなった。汗をかいた後でもあり、日が落ちるとさすがに寒くなる。家に帰り着くと、湯どうふだった。暖まるなぁ(^_^)。
posted by seamoon at 00:00| 調査・撮影 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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