2002年01月09日

年明け以降の話をまとめて

先ずは年が明けてからの話を書くと、元旦から2日間の北九州地方の天気は最悪で、雨は降るし寒いし、結局実家で一日中テレビを観ながらお酒を飲んで過ごしました。3日はやっと外出出来るような天候になり、家族で地元の戸ノ上神社(以前書きましたが、原因不明の火事で本殿が焼失していて、現在は仮の粗末な建物に注連縄が飾られています。本殿の再建は来年の10月の予定だそうです)、小倉の菅原神社(ここはいつも人が少ないです)と八坂神社(小倉城内にある小倉では一番メジャーな神社で人出も多いです)へ詣で(寒かったので海の傍にある和布刈神社は敬遠しました)、そのあとチャチャタウンの大観覧車に乗ったりして過ごしました。
仮の戸上神社本殿

4日はまた天候不順で、所用で少し小倉に出た以外は1日家でボーとテレビを観るか飲むか昼寝するかしていました。この頃になると、かなりお腹が張ってきて、かなりズボンが苦しい状態になり、幾分改善されはしたものの現在でも元の状態には復旧しておりません(^^;。5日は久留米へ日帰りで外出。
6日は天気に恵まれたので、苦しいお腹を少しでもへこますために、デジカメ撮影に外出しました。今回は子供の頃に20年間住んでいた門司の藤松地区へ行きました。ここを訪れるのは約15年振りなのですが、今回行くことにしたのは、初夢(?だったと思う)で住んでいた頃よく通っていた橋を見上げている夢を何故か見たためで、ちょっと懐かしくなり、今どんな風になっているのか見に行ってみようという気になったからでした。行ってみると、藤松のバス通りも車がほとんど無くて、昔と変わらず静かだったですねぇ(寂れていると言う方が適切かもしれませんが・・・)。小学1年生まで住んでいた木造アパート、近所の子と一緒に遊んだ公園、よく通った旧横光耳鼻科や中村医院、オルガンを習っていた天使園、西門司小学校までの通学路、小学校の時の同級生達の家、初恋(^^;)の女の子の住んでいた家、藤松小学校の運動場、弟と一緒に習っていた書道教室、別院の幼稚園へ通園するためにひとりでバスを待っていた藤松公団前のバス停、家から5分で通えた大里高校の裏門、小学2年生から大学入学直後まで住んでいた2階建ての借家、雨が降らないとほとんど水が無い川、近所の坂道や階段等々、懐かしい風景をどんどんデジカメに収めました。
藤松公団前の通り

夕方撮影から帰えると、母親から藤松の借家の大家さんが今朝亡くなったという電話が昼過ぎにあったことを告げられました。・・・偶然なのかなぁ。それとも?
posted by seamoon at 00:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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