2008年01月19日

タイムリ〜(^o^)

先日購入した『思い出して書いてみて 門司市政・私の雑記帳』を読んでいると、門司トンネル博の記事の中に、めかり山荘横にある八大竜王神について書かれてました。
 この博覧会で、特に記憶に残っているのが、べっ甲造りの「八大竜王神」と鯨のチンチンでした。
 この竜王神は総べっ甲細工で、それに要した歳月は七十三年間、八十余頭のべっ甲亀が使用され、時価六千万円といわれる程の、見事なものでした。
 この八大竜王神が、関門海底トンネルを最初に通り、博覧会の成功を祈念したのです。
 いま翻って思いますと、実によい呼物を見付けたものです。鯨のチンチンといい、これらを東京で発見し、借りて来たのは、野末さんと思いますが、たいしたお手柄です。
 このべっ甲像と同じ鋳像を、和布刈公園内の、めかり山荘の西側に建てています。
 これは、このべっ甲細工の像の持主が、無償で出品して下さったので、その厚意を謝し、併せて博覧会を大成功に導いて下さったというので、この記念碑を建立したものと言われています。
 今日まで、野末さんらで組織している「市友会」のお世話で、毎年この碑前で盛大なお祭りを開催しています。
 私はいつも出席させて戴いています。そのたびに、この竜王神のお陰で、博覧会が大成功裡に終ることができたのだと思い、感謝している次第であります。
 八大竜王神は雨乞のご本尊ということから、会期中雨が多かったのも、そのせいと思いますが、なんと言っても、農耕民では雨が大切です。
 竜は豊作を約束し、商売繁盛といって尊ばれています。竜は昇天するもので成功を意味し、天皇のお顔を竜顔と申し上げるなど、大変お目出度いとのこと。
 この竜神こそは、門司の今後の発展を祈念するにふさわしいものと思います。
(本谷源治「門司トンネル博の思い出」)

建立の由来の大筋はこれで分かりましたね。トンネル博の会期は1958(昭和33)年3月20日〜5月25日ですが、梅雨の時期は外れているにかかわらず、67日間の会期中に25日も雨が降ったらしいんですが、なるほど面白い話です。この八大竜王神の鋳像が実物大であるなら、べっ甲細工のホンモノは相当に立派なものだったのでしょう。今もどこかの御宅にあるのでしょうが、一度見てみたいですね。
八大竜王神の由来

それにしても「鯨のチンチン」がどんなもんだったかが、やたら気になりますけど(笑)。
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2008年01月17日

『思い出して書いてみて 門司市政・私の雑記帳』到着

月曜日にネットで注文した『思い出して書いてみて 門司市政・私の雑記帳』が本日メール便で届いていました。
『思い出して書いてみて 門司市政・私の雑記帳』

旧市議会議員や市役所の職員が旧門司市政について書いたものを集めたもので、旧市時代の裏話が多く載っています。これは読むのが楽しみだなぁ。
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2008年01月14日

【告知】第二回関門景観カタログワークショップ

昨年12月に開催された関門景観カタログワークショップの2回目が開催されます。
第二回目となる、関門景観カタログワークショップのご案内です。

以下の日程で行いますので、お誘い合わせの上、奮ってご参加ください。また、参加出来ないって方は知り合いに伝えていただくと助かります。

日時 1月18日(金)18:00〜19:30(90分程度)
場所 港ハウス2階ホール(レトロハイマートの隣)

第二回のテーマ「カタログ試作品の評価」「カタログの利用法や設置場所の検討」

第一回ワークショップにて、カタログに掲載する場所を検討することができました。第二回では、具体的にどんな写真を取るか、どういう情報を載せるかといったことについて意見を伺うワークショップです。
また、カタログに掲載する情報についても意見を伺いたいと思います。

ご参加よろしくお願い致します。

お時間のある方、関門の景観に興味のある方は是非ご参加ください。私は不参加ですけど・・・(^^;)。

ケンケンさん、頑張ってね〜。
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2008年01月05日

門司港を歩く、とよた真帆

今日放送の「あしたも笑顔 北九州」は、女優のとよた真帆さんが、夫で映画監督である青山真治氏の故郷である門司港の街を歩くという内容。”とよた真帆”というと自分が司会をしていた朝の情報番組の最終回で、SMがテーマの自分の写真集を宣伝した時の印象が強烈過ぎて(^^;)、どことなく芯の強い人なんだろうなぁと思っている女優さん。しかし、”青山真治”という名前は知っているものの、一本の映画も観たことが無いので、一度は観とかないとなぁと思ってます。
番組の内容は、路地裏散策(清滝や丸山)、青山氏の母校門司高校(門司学園高校)訪問、旧門司三井倶楽部(アインシュタイン博士の話が中心)、海峡ドラマシップ(手形を取ってましたね)の紹介でした。まぁどういう場所に居ても、女優さんはやっぱり華やかですねぇ。
2008/01/05明日も笑顔北九州(1)
2008/01/05明日も笑顔北九州(2)
2008/01/05明日も笑顔北九州(3)
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2008年01月04日

愛車セルボでの初めての門司訪問

今年最初の門司は、2週間前に納車された愛車セルボに乗っての訪問です。筑紫野インターから九州自動車道に乗って、八幡で北九州都市高速に入る。高速道はかなり空いていて、1時間半ほどで大里インターに到着。丸和新館の駐車場2階に車を停めて、階下へ。しばらく来てなかったんですけど、以前は軽食とかゲームとかあったと思うんですが、今は100均だけになってますねぇ。外に出てから少し街中を歩き、福田書店で立ち読み。大里に来ると何故か福田書店での立ち読みが習慣になってしまってます(笑)。
昼食時なので好々亭に行ってみると閉まっていたので、以前から入ってみたかったキッチンたんぽぽに初めて入る。
キッチンたんぽぽ

日替わり定食は今日はやっていないとのことなので、ハンバーグ定食(1,050円)を注文。ちょーーーと待たされましたが(笑)、これはボリュームがありますね。味噌汁とサラダとお新香も付いてます。サラダなんか渋谷の某喫茶店で食べたビーフストロガノフについていたレタス1/4枚と薄さ3mmくらいにスライスされたキュウリとトマトだけのサラダの80倍くらいあります(笑)。
たんぽぽを出てから戸ノ上通りへ。コートを着てきましたが、今日は汗が出るほど暖かいです。
御所神社にお参りする。相変わらず、ここは誰もいないですなぁ(^_^;)。
御所神社本殿

思い出せないんですが、オレンジ色の屋根って昔からでしたっけ。
戸ノ上通りを上り、戸上神社へ。三が日過ぎてますが出店もあるし、参拝する人が絶えないですね。
初春の戸上神社

亀くじはなかったので、普通のおみくじを引くと、ここでは「大吉」でした。
お参りの後、萩ヶ丘公園の方へ歩く。球場には人がいなかったが、お天気が良いので、園内で子供が何人か遊んでいる。そのまま萩ヶ丘小学校の方へ歩いて行こうとすると、小さな鳥居を見つけたので近づくと、「御幸山大権現」とある石碑と、小さな五輪塔があり、その五輪塔の傍らに鏡餅が供えられていた。なんとなく微笑ましい。
五輪塔と鏡餅

体育館側の入口から小学校に入り、萩ヶ丘小学校の教頭をしていた野杉春男の碑とか記念する何かはないかと校舎の周りを回っていると、ゴトンゴトンという音が耳に入った。正門側まで行くと、木製の水車があり、その横に杵と挽き臼があり、ゴトンゴトンという音はこの杵が落ちる時のものだった。
萩ヶ丘小学校の水車

校舎前をたまたま男性の先生が通りかかったので話を聞いてみると、小学校には昔水車があったそうで、その後無くなったが、その水車を作った学校用務員さんが萩ヶ丘小学校に戻ってきた時に水車を復活させようという話になり、昨年作られたばかりだということだ。ゆっくり回る水車を見ていると、何となくおおらかな気持ちになってくる。ついでに先生に野杉春男のことを訊いてみるが、門司に赴任してから2年しか経っていないので分からないということだった。

小学校を出てから観音山団地方向へ進む。「観音山」の地名の由来についてはよくわかりませんが、江戸時代には銅の採掘がおこなわれていたり、幕末の長州との戦いで小倉藩の新田・安志両支藩隊が陣をひいた場所だったり、最近mkさんから、ホームリンガー商会の関係者ホーレスナター氏の家が観音山中腹にあり、「異人屋敷」と呼ばれていたらしいという情報を教えてもらい、なかなか興味深い土地であると感じています。今でも和風の大きなお屋敷がありますが、関係はあるのかなぁ。まだ寺内に住んでいた頃、たまたま通ったことのある裏道の場所を探して観音山団地内を歩いていると、団地奥のマンションの横に階段を見つける。
観音山団地の裏道

何となく覚えていましたが、かなり急だし狭いし、登るにはキツい階段です。でもサンリブ側に行くのに遠回りしなくて済むし、中学生くらいの女の子が下りていったり、買い物帰りのオバサンが上っていったりと、生活道路として生きているようです。観音山団地の下に墓地があったので寄ってみると、昔からの墓地のようで、阿弥陀堂や自然石の珍しい墓石などを見ることが出来ました。
観音山団地下の墓地にて

大里東口へ進む。関門製糖の敷地内にある門司税関大里仮置場詰所と伝えられる煉瓦造りの建物の写真をちゃんと撮っていなかったのを思い出し、一応平日なので、向かいの駐車場の入口が開いていたので、ちょっとお邪魔して建物正面から撮影する。
門司税関大里仮置場詰所

この辺りだと海の香りでいっぱいだなぁと思いながら大里本町へ。先日放送された「明日も笑顔 北九州」の大里特集の時に、撮影していない石碑があることに気付き、東口からキョロキョロしながら歩いていく。西生寺門前の「判行寺石碑趾」はいつ建てられたんですかね? しばらく行くと目的の「御在番役宅・浜郡屋跡」の石碑を見つけ撮影。どうも「御高札・南郡屋跡」の石碑と同じ時期に建てられたものらしい。一応今日の大里での目標はこれで達成。
御在番役宅・浜郡屋跡

丸和の駐車場を出て3号線を門司港方面へ。そのまま和布刈へ進んで古城山を登り、駐車場に車を停める。二日市に引っ越しても門司には何度も来ていますが、歩いて登るのは疲れるし、バスの本数は少ないし、ここまで来ることはほとんどなかったのですが、さすがに自分の車だと行こうという気になりますね。これが自動車移動のメリットでしょうか。駐車場から眺める門司港はちょっと霞んでいます。
和布刈公園駐車場から

公園内には親子連れが多く、遊具で遊んでいたり、親子でキャッチボールしていたり、お休みの日ののんびりした感じがいっぱいです。
やはり未撮影だった古城砲台跡の石碑を撮影後、門司城址へ登っていく。ここには久々に来ましたよ。今日は誰も居ないですね。しばらく海峡を眺めながら休憩・・・。

山を下りて次は世界平和パゴダへ。実は初めて訪れるのです。
世界平和パゴダ

入場料100円を払い、パゴダへ歩いていく。遠くから見ると黄金に輝いている尖塔ですが、近くからだと全体的に肌色っぽいですね。うーん不思議だ。パゴダの中に入ると、正面に黄金の仏像とロウソクを立てる台など、壁には孔雀のステンドグラス。日本の寺院とはさすがに雰囲気が違いますね。
パゴダ内部

他にミャンマーの国状や知らせる写真やパネルが展示されています。ビルマ戦線で戦死した方々の位牌のようなものがいくつもあり、パゴダの外にもビルマ戦線に派遣された旧日本陸軍連隊有志が奉納した灯篭なども多いですね。

めかり山荘横の八大竜王ですが、像の正面にある碑文があまり読み取れませんでしたが、なにかトンネル博と関係があるらしい。
めかり山荘横の八大竜王像
時間のあるときにちゃんと調べよう・・・。

和布刈から移動し、労災病院の駐車場に駐車。門司に住んでいた頃、うちの父親がいつも使っていたのがここで、まぁそれに倣ってというか(^^;)。もっと安い駐車場あったら紹介してください。そこから栄町商店街へ。まだまだ迎春のムードですなぁ。バナナ伝説を訪ねるが、バナナマンさんは留守で、お店の人に聞くと今日は下関だそうだ。バナナジュースが無いということで、代わりにコーヒー(200円)を注文する。車で門司を訪問するデメリットはビールが飲めないってことですね(笑)。丁度レトロ室の方が3名、新年の挨拶で来店し名刺を置いていきました。
バナ伝を出てレトロ地区へ。ボードウォーク前から出ている遊覧船は屋根付きの船に変わったんですね。「恋人の聖地プロジェクト」なるものがあり、全国で現在50数箇所が認定された中に、日本唯一の人道はね橋であるブルーウィングもじが選ばれています(お隣の下関の海峡ゆめタワーも認定されてますね)。
「恋人の聖地」

プロジェクトの運営主体はNPO法人地域活性化支援センターで、地域活性化と少子化対策を目的としたものらしいが・・・よく分からないですね。
某店で買った不味い黒ごまソフトクリームを食べた後、海峡プラザの海'sで、自分用のお土産にストラップを買って、駐車場に向かい、今日の門司訪問はこれで終了。
バナナマン・ストラップ

やはり車だと移動も楽だし、時間が有効に使えますね。まぁ都市高速に乗ろうとして黒川方面に向かった際、右側の車線に入ってなくて春日入口を通り過ぎちゃって焦りましたけど(^^;)。都市高速経由で九州自動車道を通り、1時間半で太宰府インターを下り、二日市の自宅に到着。
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