2007年02月24日

三宜楼の実測調査のお手伝い

三宜楼の買い取り・保存が決まったことは先日書きましたが、今月からNPO法人北九州COSMOSクラブさんが三宜楼の建築構造を記録に残すための実測調査を始めていて、今日はボランティアとして、お手伝いに門司港へ行ってきました。11時少し過ぎに門司港駅に着き、三宜楼へ直行する。2階で作業をされていたCOSMOSクラブのIさんから作業内容の説明を受け、3階にある和室一室の図面を方眼紙に描くことになりました。画板なんて使うのは小学校の写生大会以来だし、方眼紙を見たのも中学の技術の授業以来ですねぇ。
三宜楼実測のための図面描き

絵心が無いのがバレバレです(^_^;)。定規などは使っていないので、直線を描くのも難しいのですが、性格が曲がっているせいか、直線がことごとく曲がってしまいます・・・軽く自信喪失。作業を始めてすぐにお昼になり、門司港コミュメンバーのけーばらさんこうじさん、COSMOSクラブの方たちと一緒にとらやへ。とらやはこれで3回目ですが、今回はハヤシライスではなくオムソバライスのセット(¥830)にする。これも美味しいわ。
とらやのオムソバライス

午後、担当の和室の図面を描き終えてから、次は門司港コミュ3人で実測作業。ひとりがメジャーの端を持ち、ひとりが目盛りを読み上げ、ひとりが数値を図面に記録する。Iさんから説明は受けたものの、こういう作業はみんな初めてなので、ああだろうこうだろうと言いながら、部屋の幅と高さ、柱や梁の太さ、面取り部分まで細かく測る。単純な作業ではありましたが、やってるうちに何か訳もなく楽しくなってきました。実測作業をしながら、昨年夏の一般公開の時はそんなに細かく見ることは出来なかったので気付かないことも多かったのですが、今回お手伝いで三宜楼の建物としての素晴らしさを改めて感じました。梁などの面取りひとつとっても、単に直線的に削り取られているのではなく、(言葉で説明するのは難しいのですが)一段直線に削ってから曲面に削られていて、よく見なければわからない部分にも細やかな神経を使っていることがわかり、感心すること頻りでした。その他けーばらさんが見つけた古新聞を見たり、3階で軽く迷子になったりしながら、あっという間に16時になり、お手伝いはここで終了。実測調査は3月一杯はやっているそうなので、来月もう一度来たいと思います。その後けーばらさんと栄町のバナナ伝説に寄り、コーヒーをご馳走になる。ちゃんと台湾バナナが売れている現場も目撃しました(笑)。そこで聞いた秋武さんの話で、想像するだけでなんか涙が出そうになる・・・今年のみなと祭りはいつも以上の楽しみになりました。
その後西海岸周辺や第一船溜周辺を少し歩いてデジカメ撮影してから列車に乗る。
夕暮れの第一船溜
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2007年02月18日

うちの父親はくじ運とかが結構あって

宝くじだけには縁が無いんですが(^^;)、近所のゆめタウンのガラポン(火曜日にやってるくじ引きです)とか懸賞とかによく当たるんですが、以前にも当たったことがある「焼酎かのか」のキャンペーンに出した葉書が今回も当たり、220mlの焼酎ボトル3種類(米・芋・麦)が送られてきました。ボトルの裏を良く見ると、「製造者 ニッカウヰスキー株式会社 門司工場」と書かれてました。
焼酎かのか

長いこと住んでたから、やっぱり門司には縁があるんですかね(笑)。
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2007年02月12日

mixiの大里高校コミュニティで

高校時代に習った先生たちの記事が紹介されていました。
詩誌「たむたむ」101冊と関門風景の表紙原画贈る 100号記念し市立文学館へ
北九州市を中心に活動する詩誌「たむたむ」主宰の青木新六さん(68)と、同市立美術館長の小島敬三郎さん(72)が、小倉北区城内の市立文学館に、これまでに発行された「たむたむ」1‐101号と関門の風景を描いた表紙絵の原画を寄贈した。
■主宰 青木さん、北九州市立美術館長 小島さん
 「たむたむ」は1972年、作家岩下俊作さん(06‐80)と青木さんが創刊。20号から表紙絵が登場した。当時、国語教諭の青木さんが、同僚の美術教諭だった小島さんに依頼した。
 詩誌は年3回発行され、昨年7月に100号に達した。それを記念し、11月の101号を加えて計101冊、原画約80枚の寄贈を同文学館に申し出た。
 絵のテーマは「関門百景」。関門橋やJR門司港駅舎などを鉛筆やペンで描いている。寄贈のため同文学館を訪れた小島さんは、20号の原画「だるま船」を手に取り、「七転び八起き。『たむたむ』がひっくり返らないように」と思いを振り返った。佐木隆三館長(69)は「早い時期にこの原画展を開きたい」と話していた。
[2007/02/10 西日本新聞朝刊]

小島先生には1年の1学期だけ((1学期の終わりに熊本の大学に呼ばれたとかいう風に聞きました))美術を、青木先生((みんな「新六ちゃん」と呼んでました))には現代国語を3年間習ったことは、このブログにも以前書いたことがあると思います。しかしなぁ、記事を読んでそんなお齢になっていたなんて・・・って卒業して20数年、自分も四十路をとうに過ぎてるんだから当然だよなぁ。
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2007年02月06日

三宜楼の保存が決定したそうだ

今朝の西日本新聞に1,700万円で買取りが決まったと載っていましたね。なんか2,000万位値引きされてるんですが(^_^;)、まぁ兎に角めでたい。あとは修繕と活用方法ですね・・・ってこれからの方がもっと大変になるなぁ。
保存が決まった三宜楼
取り壊しの危機にあった北九州市門司区清滝3丁目の旧料亭「三宜楼(さんきろう)」の保存を目指す市民団体「三宜楼を保存する会」(有光武元代表)は5日、売りに出されていた敷地約765平方メートルを1700万円で買い取ることが決まったと発表した。28日にも購入し、活用方針を検討する。
 同保存会は、岡山県の不動産会社が所有する敷地を、売りに出された一昨年11月当時の売却額3600万円で買い取ろうと、昨年3‐11月に街頭などで募金活動を実施。12月末まで募金を行った結果、約1800万円が集まり、経費を除き約1650万円が残った。今月1日に同社と交渉したところ、1700万円で購入することで話し合いがついたという。
 土地購入諸経費として、さらに300万円が必要なため、同会は引き続き支援を呼び掛けていく。有光代表(66)は「昭和期の素晴らしい和の世界を体験してもらえる場所にしたい」と話している。
 三宜楼は1930年建築の木造3階建て。2階には100畳の舞台付き大広間もあり、昭和初期に門司港地区の社交場としてにぎわったが、55年に閉鎖。老朽化や建物の所有者が所有権を放棄したことなどから取り壊しの危機に直面していた。
[2007/02/06 西日本新聞朝刊]
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