2007年01月20日

毎日新聞西部本社跡、第2回門司港まちづくりシンポジウム」への参加

12時過ぎに門司港駅に到着。思ったよりもいい天気。今回の訪問は「第2回門司港まちづくりシンポジウム」へ参加するため。老松公園方面に向かう途中、港町二番館に「業種転換のため 閉店売り尽し 在庫一掃セール」の立て看板が。営業的に苦しかったのかなぁ。次は何になるんだろう。空き家になるのは嫌だなぁ。
名前は知っているが行ったったことのない大三元のラーメンを食べてみようと思い、店の前まで行くも、丁度お昼時でお客さんが多く、待っている時間もあまりないので、今回は止めにして、好々亭へ行くが閉まっていた・・・。もう一軒の好々亭に行くが、その隣のBELLという店の看板に「焼きカレー 730円」と書いてあったのを見て、完全に頭の中が「カレー」になってしまい(笑)、久々に焼きカレーにする。
BELLの焼きカレー

コーンがいっぱい入ってますね。焼き加減がよくて、鉄板の部分のお米のおこげがいい感じでした。以前に行った店について量が少ないと書きましたが、思えばそんなに大きな鉄板なんてないですよね(^^;)。あっても火の通りがよくないだろうし。量を食べたいなら、セットにするとか、もう一品注文する方がいいでしょうね。
昼食後、佐藤書店に寄り、以前歌う果物屋さんに紹介してもらった今村元市氏の『徳吉無職老人雑記』を購入。これって文芸雑誌「海峡派」に連載していたものなんですねぇ。感想はまた後日に書きましょう。その後丸山の方へ行くつもりだったが(実は丸山地区はあまり回ってないんですよねぇ)、シンポジウムの開始に間に合わなくなりそうなので止めて、掖済会病院の近くにあると思われる、毎日新聞西部本社の碑を探すことにした。この碑については、だいぶ前に門司港の景色さんのところで紹介されていたのですが、詳しい場所がわからず、確かこの辺りと思っていた元山城屋横のレンタカー屋さんやマンションの周りを探してみたものの見つからなかったのを、先日調べものをしていた際に、『門司百年』に載っていた古地図を見ていたところ、西部本社はどうやら現在の掖済会病院の新館のある場所らしいことがわかった。行ってみると、病院の税務署側の植え込みにポツンとあるのを見つけた。もう少し大きいかなぁと思ってたんですが、意外に小さいですねぇ。
「毎日新聞西部本社発祥之地」碑

海峡プラザでトイレを済ませ、シンポジウムが開かれる港ハウスへ向かう。
2階に上ると、門司港コミュのお馴染みの方々の顔が見えたが、ネクタイにスーツ姿になんか新鮮味を感じますね(^^;)。資料や出来上がったばかりの「私の門司港自慢カレンダー」をもらって会場に入る。14時になりシンポジウムが始まる。会場内の座席は7〜8割程度が埋まっている。
第2回門司港まちづくりシンポジウム

今回のシンポジウムの内容はどこかで詳しい報告があると思いますので、個人的に印象に残ったことを書きます。柏原さん(ここではハンドル名はやめておきますね)の門司港に対する熱い思いの伝わる話(時に内輪に大うけだったりしましたが(笑))や市原さん(ここも同じくご本名で紹介しておきます)の小樽や長浜のまちづくりの事例報告は大変興味深い内容でした。その後の討論会自体は・・・うーん、なかなか難しいですねぇ。今回の「共に歩む観光地と住民生活」というテーマからすると、全体的にちょっと論点がずれていた感じでした。
  • 意外に、と言うかやっぱり「行政」の力を頼りにしようという意識が住民側に根強いのかなぁという印象が強かったです。確かに行政や政治家に対するアプローチも必要な場合もあるでしょうが、それが最終的な目的のような感じの発言が目立っていたように思います。分かっていたとはいえ、そういう意識を実際に変えていくのは大変なことですね。行政や政治家には法的な解決が必要な時に動いてもらい、最後の太鼓判を押してもらう存在というのが理想的かなぁ。

  • 先日放送された「ガイアの夜明け」でJR北海道が開発しているDMV(デュアル・モード・ビークルの略で、線路でも道路でも走行可能な乗り物)を紹介していたのを見ていたものと思いますが、ある方が廃止になった引込み線に同じような乗り物を走らせ、和布刈公園などを回るようなのがいいんではないか、という話がありました。確かにトロッコ列車よりも話題にはなるかなぁ。だいぶ高そうだし、メンテもかかりそうだけど。

  • 門司港には「良い」古材が多く残っているらしい。どういうものが「良い」ものなのか、その辺りの知識のない私には分からないのですが、メタファーとして結構気になる話でした。地元にある「良いもの」を見つけ出すこと、そしてそれを正当に評価すること。なんか刺激を受けますねぇ。

  • 今回の討論のテーマには直接関係なく、「門司港」とはどの地域を示すのかという話が出ましたが、実はかなり前から門司に住んでる人が、どのように思っているのかに興味がありました(実際は「携帯版@門司」のエリア別案内のインデックスを作る時に「大里」って、どの地域まで含むんでるんだろうと思ったのが最初でした。結局は「門司タウンガイド」を参考に、二タ松町と葛葉を境にしましたけど)。歴史的に考えると(1)楠原村だったところ、(2)市制を施行した当時の門司市の範囲とかあると思いますが、私の個人的な感覚としては片上の踏切が境かなぁと漠然と思っていたんですが、やはり同じように考える方もおり、また片上沖にあるブイを境に考えるという話をされた方もいらっしゃって、ホントに個人的には面白い話が聞けたと思います。
討論会の盛り上がりは今ひとつでしたけど、次回はもっと良いものになる気がします。兎にも角にも、スタッフの皆さん、お疲れさまでした。
シンポジウム終了後、カレンダーを5枚購入(会場内では特別価格100円で販売していましたが、今後はバナナ伝説で1枚200円で買えるそうです)。そのまま門司港駅に向かい、小倉の叔母を訪ねる。叔父が一昨年亡くなり、いろいろな事情があり、長く住み慣れた小倉の街から来月長女の住む千葉の方へ引っ越すことになったのですが、叔母夫婦には学生時代にちょっと迷惑をかけてしまったこともあり、もうなかなか会えなくなるので、折角ここまで来ているので顔だけでも見ておこうと思い、内緒で訪ねました。叔母は在宅中で、ちょっとのつもりが結局1時間半も居てしまいました(^^;)。叔父の存命中は夫婦でよく門司港に行っていたことを以前聞いていたので、今日買った門司港カレンダーを渡しました。二日市に帰ってから、叔母に電話した母親から叔母がカレンダーを大変喜んでくれたことを聞き、ホッとしました。
posted by seamoon at 00:00 | TrackBack(0) | 調査・撮影 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする