
清年神社の本殿と拝殿の間に砲弾が祀られているが、その台座に刻まれた文字を撮影したデジカメ画像で読んでみると「明治廿七八年戦役ニ於テ我軍ノ為ニ破壊■レタル威海衛砲塁団■■アリシ廿四珊■■海岸砲ニ使用スル砲弾ニシテ紀念ノ為メ当地取寄タルモノ也」(■部分は読解不可でした)とある。ウィキペディアによると、「明治廿七八年戦役」とは日本での日清戦争での正式名称だそうで、そのまま解釈すれば、日清戦争で日本軍が破壊した威海衛の堡塁にあった24センチ(旧日本軍での呼称は珊=サンチ)砲弾を記念に祀ったとなる。

戦艦三笠には24センチ砲を搭載していない(海人社刊「日本戦艦史」によると、新造時の兵装は30.5cm×4、15.2cm×14、7.6cm×20、47mm×16となっている)ようなので、境内の砲弾は少なくとも三笠の砲弾ではないようです。ということは、「門司堪能ガイドマップ」の記述の間違いか、或いは三笠の砲弾が他のどこかにあるはずだが・・・。
(2006/11/11追記)
mkさん(何故か最近すごい名前に改名されてますが(^^;))より、この記事中の台座の文字について、
「明治廿七八年戦役ニ於テ我軍ノ為ニ破壊サレタル威海衛砲塁団ニ設ケアリシ廿四珊【王ヘンに知】米突海岸砲ニ使用スル砲弾ニシテ紀念ノ為メ当地取寄セタルモノ也」であるとのご指摘を受けました。
「珊【王ヘンに知】米突」で「サンチメートル」と読み、【王ヘンに知】は当て字のために作られた新字ではないか、とのことでした。ご指摘ありがとうございました。




